『アンサング・デュエット』紹介 ~ “セッションするふたり”を支持するゲーム

(本稿は、かつて別の場所で公開していた記事を、編集のうえで再録したものです) 
 
 『アンサング・デュエット』(2020-10,著:瀧里フユ/どらこにあん,富士見書房刊)というロールプレイングゲーム。著者は、相対時間で約2年前(2018-09)にTRPG『銀剣のステラナイツ』をリリースしたひと(たち)です。 
 
 
  これがたいへんにすばらしいゲームなので、そのすばらしい点をいくつか、かいつまんで紹介します。
 
 

目次

 

f:id:ViVi-shark:20210603224027p:plain

(イラスト:Neg)

 

 

 

どういうゲーム?

 さて、すばらしさのまえに、どんなテイストのゲームなのかを紹介しておいたほうがよさそうです。

 といっても、著者みずからによる紹介ツイートが、端的によくまとまっていますから、そちらをごらんください。 
 
 min.togetter.com
 
  しいて個人的なイメージを添えるならば(※ほんとうに個人的なものです)、『アライさんマンション』とか『イヌカレー空間』とかで、『ICO』や『レヴュースタァライト』みたいなことをするゲームです。

 あとは、プロモーションムービーを見てもらえればわかりやすいはず。
 

 

 

見どころ×3

 『アンサング・デュエット』には多くの(ほんとうに多くの)見どころがあります。今回は、そのなかでも主に3点をピックアップして紹介します。
 
  1. 「ひとり用シナリオ」と「アレンジ用シナリオ」
  2. 見開き単位の節構成と三行要約
  3. ユーザーに寄り添う姿勢

  

f:id:ViVi-shark:20210603224916p:plain

(イラスト:津田沼人)   

 

 

「ひとり用シナリオ」と「アレンジ用シナリオ」

  • ひとり用シナリオで、ゲームの雰囲気とルールがわかる
  • アレンジ用シナリオで、シナリオ作成の要点がわかる
  • 心理的障壁を飛び越えるジャンプ台

 

  『アンサング・デュエット』は、主にふたり用のゲームです。
 「[バインダー]を担当するプレイヤー」と「[シフター]を担当し、進行をつかさどるゲームマスター」のふたりです。(ゲームマスターとシフター担当を別建てするオプションルールもありますけれど)
 
 そのうえで、ひとり用シナリオが収録されています。これはおもに「ゲームを実際に体験し、雰囲気やプレイの流れをつかむ」ことを「ひとりでできるように」するべく用意されているもの、と読み取れます。

 つまり、TRPGコミュニティでいうところの「体験会」「体験卓」、あるいはボードゲームでいう「インスト」、電源ゲームでいうチュートリアルなどに相当する役割です。

 これは会話型ゲームにおける「実際にやってみないとわかりづらい」しかし「ひとりでは“やってみる”こともできない」という課題への対策であり、実際のところ、たいへん効果的な手法だとおもいます。
 「やったことがないからよくわからない」状態で他人を誘う/他人に誘われるのは、しばしばむずかしい場合もあるでしょうけれど、それをおおきく緩和する効果が期待できます。
 
 この試みにはおおきな自信があると見えて、まず、「シナリオセクション」のたぐいではなく、一番最初にある「はじめに」のセクションに置かれているのが印象的です。そして、前述のような「チュートリアルを必要としている層」にかぎらず、すべての読者が自然と通過することを推奨しているようにすら読めます。
 内容はそれに足るものであり、この“ひとり用シナリオ”を“通過”するだけで、ゲームの雰囲気から進め方までを、ほとんど体感・体得できるようになっています。すばらしい。
 
 シナリオに関しては、もうひとつ印象的な試みがあります。それは「アレンジ用シナリオ」です。
 (なお、この本には、「(前述した)ひとり用シナリオ×1」「実際にふたりで遊ぶ用のシナリオ×5」「アレンジ用シナリオ×1」の合計7本が収録されています――つまり、「ひとり用」や「アレンジ用」のために通常シナリオ用の紙幅が犠牲になっているとはいえないくらい、シナリオが充実しています)
 「アレンジ用シナリオ」とは、「おおまかな前段設定や状況の変化のさせかたなどを整理して提供したうえで、細部をユーザーがあらわすことでシナリオとして完成する」企図のコンテンツです。
 TRPGコミュニティでは、「他者の(おおくは公式の、でしょうか)シナリオを換骨奪胎して別のシナリオとする」あそびかたがしばしば見られます。ようするに、あれを推奨するのが、「アレンジ用シナリオ」です(――既知の概念でいえば、「シナリオフック」が近いでしょうが、もっと踏み込んで、完成までの見通しをたてやすくなっているものです)。
 アレンジ用シナリオ内の記述を読んでみると、ただ穴埋め的にワークをうながすのみではなく、「『アンサング・デュエット』におけるシナリオ・デザインの要点」が提示されています。いわば「実践教材つきのシナリオ作成ガイド」的な仕立てですね。
 ガイドと実際の作成が、ごく密接していますから、「アイディアはあるけどどう具体化すればいいのかわからない」みたいなことは起きづらいとおもいます。すばらしい。
 
 これら「ひとり用」「アレンジ用」に共通するのは、「(セッションの/シナリオ作成の)第一歩を踏み出しやすくする」思想でしょう。そこの心理的障壁(=未知ゆえのおそろしさ)を飛び越えるためのジャンプ台が用意されているのが、『アンサング・デュエット』というゲームです。
 

f:id:ViVi-shark:20210603225032p:plain

(イラスト:風街いと)  

 

 

見開き単位の節構成と三行要約

  • ほとんどの説明が見開き単位
  • 見開きごとに三行要約がある
  • この本を読むことがストレスにならない

 

  この『アンサング・デュエット』というゲームは、内容(ルールやフレイバー)のみならず、紙面構成にもかなり工夫が見られます(――たとえば、前段で説明した「『はじめに』セクション内のひとり用シナリオ」もそのひとつです)。
 
 紙面上の工夫のなかでも、とくに象徴的な要素のひとつが、「見開き単位」「三行要約」です。(※ここで言う「見開き」というのは、本を開いたときの左側ページと右側ページを合わせた単位=まとまりのことです)
 「見開き単位」でまとめられているため、「ページをめくるときに記憶をリセットしてよい」「なにかを調べる際に複数ページにわたる必要が(あんまり)ない」性質があります。つまり、読み手(ユーザー)の負担がちいさい。これはかなり徹底されていて、シナリオセクションをのぞけば、9割5分以上の見開きはこの形におさまっているはずです。
 そして、各見開きには、「三行要約」が冒頭にあります。その見開きの要点が3行にまとめられている、ということです。これもまた、読み解く際の負荷と、調べる際の負荷を減らす効用があります。
 『アンサング・デュエット』は、「見開き単位」「三行要約」というふたつの工夫によって、「この本を読む際のストレスが最小になるように努められています。前項で述べた「ひとり用」がセッションのハードルを、「アレンジ用」がシナリオ作成のハードルをそれぞれさげるとするならば、これは「ゲームに触れる」こと自体のハードルをさげています

 そうそう、巻末の索引を見ても、1/3ページくらいしかないんですよ。索引の面積が。そのくらい「ルールを掌握する負荷」が減らされています(――ちなみに、どちらかといえば、巻頭の目次のほうを使う機会のほうが多いとおもいます)。
 

f:id:ViVi-shark:20210603225135p:plain

(イラスト:mokoppe)   

 

 

ユーザーに寄り添う姿勢

  • ユーザー感情を支持する姿勢
  • 創造を応援する姿勢
  • 「表現したいものを表現できるように」

 

  ここまで紹介してきた点からも伝わっているかともおもいますが、『アンサング・デュエット』は、ユーザーに寄り添うことを是とし、その姿勢を直接的・具体的に示しているゲームです。
 
 たとえば、このゲームには「ロスト」(※一般的なゲーム語同様の「キャラクターの永続的喪失」を意味します)の概念があります。ロストしたキャラクターでは、もうあそべません……が、「それは絶対ではない」のです。「ルールとしては、ロストしたキャラクターではあそべない」としても、「ユーザー本人の感情はルールよりも優先される思想」が、それを覆し得るのです。
 実際、こんにちのTRPG界隈などで「ロストからの再起(※復活でも救済でも何でも同じです、ニュアンスが同じならば)」をもとめる例がしばしば見られるところからしても、ユーザー感情として受け容れづらいロストというのはあるわけです。そこでルールよりも感情を優先する判断をルールが支持できるのは、ゲームデザインとしては英断と呼ぶに値します。(もちろん「ロストは不可逆だから意味がある」と考えるのもまた自由かつ自然な感情のひとつであり、それもまた支持されるところです)
 
 たとえば、「空気が気まずくなったらセッションをやめよう」という旨の提言が、再三にわたって散りばめられています。
 これは、こんにちでは自然な選択肢のひとつとして推奨されるようになってきていますね。ですが、ひとむかし前ではむしろ(明示的にではないにしても)否定される向きの強かった行動だったとおもいます。そこに踏み込んで、当事者の感情を支持しているのは印象的です。
 『アンサング・デュエット』がこれをできるのは、ほかでもなく「ふたりだけのゲーム」――「参加者だけのゲーム」なら「ほかの参加者」への配慮が必要でしょうけれど、このゲームは参加者が原則ふたりだけ――だからであり、またワンプレイが1時間ほどのゲームだから(※数時間におよぶ行為をなかったことにするのはインパクトがおおきい)でもあり、多分に前提の後押しを受けてではあるのでしょうが、それでもユーザー感情を支持する姿勢は、特筆に値すると考えます。
 
 これらの支持が志向するのは、ゲームプレイであり、そしてゲームプレイを通しての、あるいは前段の(シナリオ作成など)、あるいはアフターの(セッションに対するファン活動など)、「創造」です。「自己の表現」などと言い換えてもよいでしょう。

 わたしが読み取るかぎりの『アンサング・デュエット』のデザイン方針を、ひとことであらわすのならば、「表現したいものを表現できるように助ける」ことにあるとおもっています。本文中にもあるように、ロールプレイングゲームの特長のひとつは「プレイと創造(表現)の距離がちかい」(境界があいまい、とも言い換えられる)点です。そこに着目し、応援するのがこのゲームだとおもいます。
 

f:id:ViVi-shark:20210603225247p:plain

(イラスト:橋本洸介)   

 

 

そのほかの見どころ

  • 没入への配慮と専門用語アトモスフィアの排除
  • 実用に適したシナリオフォーマット
  • エレガントな感想推進&経歴記録ルール

 

 用語の取捨選択が、かなり繊細にコントロールされています。
 たとえば「TRPG」「PL」「PC」「nDm」などの文字列は(見落としてなければ)出現しません(――「ロールプレイングゲーム」「プレイヤー」「ダイス」は出現します)。
 あと、これも見落としてなければですが、「ルールブック」という表現も、使われていない気がしました。「専門用語による難しそうな空気や身内感」を排除したかったのだろうとか、「ゲームタームが没入を阻害するリスク」に敏感なのだろうとか、いろいろな想像ができます。既存のTRPG観と地続きにしたくなかったんじゃないか、とも。

 「プレイヤーの知識を問う謎解きは絶対にNG」(大意)みたいな記述もあって、これもおそらく、「プレイヤーを主体にすることで表現のレイヤーが犠牲になるリスク」を避けようとしているんじゃないかなぁ、とか。 シナリオのフォーマットも、かなり工夫されています。
 「最初の2ページはプレイヤーが読んでいい部分」と定めているのは、地味ながら革新的です。“プレイヤーに見せるべき情報と同じ見開き内に(プレイヤーが見るのは推奨されない)核心が掲載されている”シナリオとか、たまにありますからね。これもストレス要因を排除する一環、とも言えるでしょう。
 「シナリオのネタバレや配信をしてもいいかを定める項目」を、シナリオのフォーマットに組み込んでしまうのも、うまいアイディアだと感じました。“アナログゲームのシナリオネタバレの是非”は、SNSで近年よく議論されている部分であり、議論の余地をルールで解消したのは力強い判断だとおもいます(……ただし、項目名が「シナリオの公開」なのはちょっとうまくないとおもいます。「公開」の語がもつ一般的イメージと、実際の項目があつかう領域に、ズレがあるので)。
 項目には「推奨する関係性」「異界の発生原因」(≒事態のバックグラウンドをあらわすひとこと)「シフターの作成」(=救助対象キャラがシナリオ規定かユーザー任意かどっちでもよいか)などもあって、どれも「そのセッションをどうあそべばよいか」をごく端的にあらわせる、よくできたフォーマットです。読み手に解釈の手間をかけさせませんし、誤読する危険も減ります。これも低ストレス施策といえます。
 
 ところで、このゲームには「フラグメント」という概念があって、それは「そのキャラクターをそのキャラクターたらしめる要素」を意味します。「元軍人であり武器の扱いに長ける」とか「困っているひとを守らずにいられない」とか「スポーツ大会で優勝した経験」とか「顔がいい」とか「婚約者がいる」とか。セッション中に増えることもあって、上限数を超えたものは[たいせつな思い出]というゲーム外領域にプールできます。
 『アンサング・デュエット』にも、「セッションの感想をSNS等で発信するとちょっとお得」系のルールがあり――ずばり、「シナリオタイトルを添えて感想を発信すると、タイトルと同名のフラグメントを獲得できる」ルールです。
 これはきわめて(ほんとうに、きわめて)クールな発明といえます。なにがすごいって、前述のフラグメント&[たいせつな思い出]のルールと組み合わせると、「自然とセッションの遍歴がキャラクターシートにのこる」のです。フレイバー的にもメカニズム的にも意味のある、ゲームの主旨にのっとる形で。感想をもとめるシナリオ発表者と、記録をのこしたいシナリオ使用者の、利益を一致させているわけです。感想推進系の仕掛けとしてたいへんにエレガントです。
 

f:id:ViVi-shark:20210603225340p:plain

(イラスト:cinkai)   

 

 

まとめ

 

  •  ユーザーのやりたいことをやりたいように支持するゲーム
  •  理解や読解の負荷が最小になるように努められているゲーム
  •  第一歩をふみだしやすいゲーム
   www.amazon.co.jp 
  この記事は、瀧里フユ/どらこにあん・株式会社KADOKAWAが権利を有する『アンサング・デュエット』ファンキットの画像を使用しています。
©Fuyu Takizato / Draconian
©KADOKAWA